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秋田地方裁判所 昭和35年(ワ)185号 判決 1961年12月11日

判  決

大館市釈迦内字獅子ケ森一番地の一

原告

石川吉夫

右訴訟代理人弁護士

木村一郎

大館市釈迦内字獅子ケ森一番地の一

被告

大葛産業株式会社

右代表者代表取締役

畠山重男

右訴訟代理人弁護士

中村嘉七

右当事者間の懲戒解雇無効確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告と被告との間に被告を使用者とする雇傭契約に基く雇傭関係が存在することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は別紙記載のとおりである。証拠(省略)

理由

一、原告が昭和二十二年被告大葛産業株式会社の製材部門である角東製材所の前身東北木材興業株式会社に雇われ、爾来目立工として勤務してきたこと、被告会社の就業規則第五二条に被告主張のような規定が存在すること、及び被告会社が原告に対し昭和三三年一一月二一日右就業規則第五二条に該当するものとして原告を同月七日付で懲戒解雇する旨の告知をしたことは当事者間に争がない。

二、被告は原告に右被告会社の就業規則第五二条第二項第四号第六号第一〇号第一三号に該当する行為があつた旨主張するのに対し、原告はこれを争うので先ず原告が解雇されるに至つた経緯を調べてみる。(証拠)を綜合すると次の事実を認定することができる。

三、原告は一八才の頃から鋸の目立をやつてきたが、昭和二二年一二月六日被告会社の製材部門の前身東北木材興業株式会社に雇われて以来目立の成績も優秀であり社外における競技等においてしばしば入賞したため待遇も比較的良く扱われてきた。然し元来職人気質であり、無口のため人附合が良くなく、事、鋸の目立及び交換に関しては従業員達と必ずしもうまくいつていなかつた。昭和三一年、同三三年春頃の二度に亘つて当時被告会社の製材職工であつた訴外長岐直が続けて三度供鋸を取換えにきたことから、同人の鋸の使用方法について激しく口論したり、昭和三二年頃被告会社の製函工であつた訴外佐々木タマ及び製材職工であつた近藤敬一らが鋸を交換に行つた際には右同様同人らの鋸の使用方法について口論をし、又昭和三三年頃にはテーブル職工であつた訴外田村定雄が鋸についた木屑を軽油で拭きとつてこなかつたことから同人に強く小言を云つたようなこともあり、この間工場長である布施丈次郎が原告に鋸の交換を素直にやるよう注意を与えたこともあつた。偶々原告は昭和三三年九月一三日頃金屑が眼に入り、その結果同月一九日から同年一〇月六日まで右布施丈次郎に断つて大館公立病院に通院治療していたが、なお経過が良くないので一〇月七日には右布施に対し原告の残存期間である一九日間の有給休暇を申出でたところ、当時医師の診断書もでておらず工場として忙しい時期であつたので激しい口論となり、結局は休暇期間を一週間とすることでおさまつたもののこの際原告が上司である布施に対し不遜の態度を示したので、同人は痛く憤慨し被告会社代表者に報告し、更には被告会社の労働組合の組合長である伊藤長幸と計り、原告の右の行為を被告会社の就業規則第五二条第二項第四、第六、第一〇、第一三の各号に該当するものとして、所定の手続を経て同年一〇月九日懲戒審査委員会を開き同二一日原告に対し同月七日付で解雇するに至つたものである。以上の認定に反する(証拠)は弁論の全趣旨に照し容易に採用することができない。

四、ところで(証拠)によれば右就業規則第五二条第二項には、「左の各号の一に該当するときは出勤停止、降職又は懲戒解雇とする。」と規定され、第一ないし第一三号の各事由が列挙されており、その内第四号は「素行不良で事業場に於て風紀秩序を乱したとき」、第六号は「職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序を乱したとき」、第一〇号は「事業に関し会社を欺く等故意又は重大な過失により事業上に損害を及ぼしたるとき」、第一三号は「其の他前各号に準ずる行為のありたるとき」と定められている。

すなわち、右規定は懲戒事由を列記した上、懲戒方法として(イ)出勤停止(ロ)降職(ハ)懲戒解雇の三種を定めたものであつて、右(イ)(ロ)(ハ)の懲戒方法には順次軽重の差があり、従つて情状の軽重に比例して順次重き懲戒方法を発動すべきものと解すべきことは明らかである。しかも右(ハ)の懲戒解雇は、秩序罰として、労働者を企業外に追放する処分であるという点において(イ)(ロ)の懲戒方法とは性質を異にする最も重大なる処分であり、労使関係の観点からみればいわば死刑の宣告にひとしく、労働者からその生活の基盤を奪うだけでなく、その後の就職にも悪影響を及ぼすという重大な不利益及び不名誉を課するものである。従つて、懲戒解雇が有効であるためには、単に懲戒規定の列記する懲戒事由があるというだけで足らないのであつて、その情状が、社会通念上懲戒解雇もやむなきものと認められる程度に重大なものでなければならない。

そこで本件についてこれを見るに、前記認定の原告の行為は、職場における人の和の尊重と上司に対する礼節という点において欠けるところがあつたことは充分認められるが、それは技能者特有の頑固さと自己の技能に対する過信の結果と認めるのが相当であり、それほど悪意があつたものとは思われない。従つて、仮にそれが前記懲戒規定の列挙する事由のいずれかに該当するとしても、他の軽度の懲戒方法を適用すれば足るのであつて、昭和二二年以来十有余年にわたつて勤続して来た原告を、労働者として最大の不利益且つ不名誉の処分たる懲戒解雇に処するほど、重大な事由があつたものとは、到底認められない。従つて、本件懲戒解雇は、就業規則の定める懲戒規定に違反するものといわざるを得ない。そして、就業規則は使用者が一方的に制定改廃できるものではあるが、一旦制定された以上、それが存在する間は、労働者のみならず使用者をも拘束するものと解すべきである。それは法秩序の根底をなす信義則の要求するところであつて、就業規則の法的性質について、いかなる見解を取るとしてもその結論に影響しない。本件懲戒解雇は右の理由により無効である。なお、仮に、懲戒権を、就業規則の規定をまつまでもなく、使用者の有する固有の権力と認める見解を取るとしても使用者は正当な事由なくして、被傭者に対して、通常の解雇以上の不利益を与える権利を有しないことは明らかであるから、懲戒解雇の前提要件としては、前述のような重大な職務違反又は不信行為の存在が要求されるのであつて、結論においては右に述べたところと少しも変らない。

もつとも、被告会社代表者本人尋問の結果によれば、被告会社は原告に対して一ケ月分の予告手当を支給しているので、懲戒解雇としては無効でも予告解雇として有効ではないかという疑問も生ずる。しかし、前記のとおり、懲戒解雇は秩序罰として労働者を企業外に追放し、解雇後にいたるまでこれに不名誉と不利益を課する非常措置であるから、ひとしく解雇権の発動ではあつても、通常の解雇たる予告解雇とはその性質を異にするものである。従つて、懲戒解雇と予告解雇を併合して同一処分により行うことは、労使関係の信義則上許されないものと解すべきである。(もしそうでないとすると、懲戒事由がないときでも、使用者は、予告手当を支給し又は一ケ月の予告期間を置いて懲戒解雇をすれば、解雇の効力を維持できることになる。それは「懲戒解雇という名の予告解雇」を認め労働者に不当な不利益と不名誉を与える結果になるから、信義則上到底容認できない。)

以上の理由により、本件懲戒解雇は無効であるから、原告と被告間の雇傭関係は存続しているところ、被告はこれを争つているからその確認を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

秋田地方裁判所民事部

裁判長裁判官 渡 辺  均

裁判官 浜  秀 和

裁判官 高 木  実

第一 原告の主張

(請求原因)

一、原告は昭和二二年一二月六日被告の製材部である角東製材所の前身東北木材興業株式会社に雇われ爾来目立工として勤務してきた。その間原告は実直に勤務し技術能力も卓抜しており、成績も優秀であつて昇給ボーナスの受給も最高率であつた。然るに原告は被告から昭和三三年一一月二一日、同年七月七日付で原告を角東製材所の就業規則第五二条に基き懲戒解雇する旨告知された。

二、しかしながら原告には右就業規則第五二条に該当する事実はない。思うに右懲戒解雇は次のような経過による原告の有給休暇の申出をその理由とするもののようである。即ち

(一) 原告は昭和三三年九月七日目立の金屑が眼に入つたのが原因で、眼病を患い、同月一八日医師の診断を受けたところ「視神経乳頭炎」とのことで、同日から同月二二日迄午前中は通院加療し午後就業していた。

(二) 而して原告は右就業規則第二一条によれば勤務年数からして一九日間の有給休暇をうけることができるので、昭和三三年一〇月六日(月曜日)通院治療のために欠勤し翌七日(火曜日)出勤前に被告会社の労働組合組合長訴外伊藤長幸を社宅に訪ね有給休暇を受けるに必要な提出書類の用式の指導をうけ、その後午前七時一八分頃出勤し被告会社現場監督訴外布施丈太郎に対し前日の欠勤理由を説明した上、同七日以降の病気休養のため有給休暇を願い出たところ、病気は医師の診断書をもつて来なければ欠勤になるとの意外な答であつたので、有給休暇の利用方法を質問したところ同人は非常に激こうし、それでは有給休暇にしてやるとの返事であつた。

(三) そこで原告は前記伊藤組合長から指示された書類を提出して帰宅したが、休暇日数が空欄であつたので前記布施から呼出されて出社し、同人に有給休暇日数を調べてもらい一九日と書き入れてもらつた際、再び口論を繰返して結局一週間に訂正して帰つた。

(四) 然るところ原告は同日(昭和三三年一〇月七日)午後五時三〇分頃前記伊藤組合長を通じて解雇を告知されたものである。

三、又、被告は右懲戒解雇につき法律の定める大館労働基準監督署長の認定を受けずになされたものであつてこの点においても無効である。

(被告主張の懲戒解雇の理由について)

(一) について

1 原告は被告主張の頃訴外佐々木タマが前日目立交換をしたに拘らず又二枚の目立交換の鋸を持つて来たが、その翌日通りすがりに原告に対し「この鋸は節曲りする。」とふてぶてしい態度で捨てぜりふを残して行こうとしたのでその生意気な態度を注意したに過ぎない。而して原告はこれにつき係員から注意をうけたことはなく、訴外佐々木タマが現場監督布施丈太郎に中傷したものである。

2 原告が訴外近藤に暴言を加えた事実はない。訴外近藤は「分出し」から大割五フィート台車のハンド係に新任されたが冬期中は木についている氷を払つて鋸にかけなければならないのに原告が手伝わない時にはこれを怠り出鱈目に鋸交換をするので戒めた処反抗的に殴るような態度を示しそのため他人に取り押えられたのである。

3 原告が訴外長岐、同田村に暴言或いは暴力を加える態度に出たことはない。

(二) について

原告は製函丸鋸をグラインダーに当てて目立作業中、グラインダーから飛んだ粉が眼に入つたように思つたが、「視神経乳頭炎」ということで公傷でないのでその手続しなかつたのは当然である。

(三) について

1 被告会社は同年一〇月が多忙な時期であつたと主張するが、当時一〇月に入つて原告が休養した時期には七台の製材機の内三台が休台していた。

2 原告が年次有給休暇を前以つて申出なかつたのは、やむをえない事由によるといえる。

(被告主張の懲戒解雇の手続について)

(一) について

被告会社の労働組合は御用組合である。その一例として被告は組合長及び副組合長に対し社宅二軒分を提供している。又組合幹部は、被告会社の意向に盲従しているのみであるので懲戒審査会の構成はただ形式を整えたものに過ぎず就業規則に予定する審査委員会ではなかつた。

(二) について

被告会社から基準監督署長に対する申請は予告解雇としてなされている。

第二 被告の主張

(請求原因に対する答弁)

一 請求原因第一のうち原告の技術能力が優秀で実直に勤務したこと、ボーナスの受給が最高率であつたことを除きその余の事実は認める。

二 請求原因二の(一)の事実は不知。(二)の事実うち原告が就業規則第二一条によつて一九日間の有給休暇をうけることができる点は認める。一〇月六日欠勤の点および訴外伊藤長幸や訴外布施丈太郎との交渉及びその顛末は不知。(三)の事実うち休暇日数云々の件および書類提出の点はいずれも不知。(四)の事実は認める。

三 請求原因第三について

被告は昭和三三年一〇月一〇日本件懲戒解雇につき大館労働基準監督署長に対し解雇予告除外認定の申請をした。

(懲戒解雇の理由)

(一) 昭和三一年中当時装函工であつた訴外佐々木タマが使用鋸の不良を確認したので目立交換に行つたところ原告はこれに暴言を加え、係員から二度とかかることのないようにと注意されたにも拘らず、同三二年中にも大割自動バンド職工である訴外近藤敬一が鋸の交換に行つたところこれにも暴言を加え、更に同三三年中にもテーブル職工である訴外長岐直、同田村定雄等の鋸交換に際しても「俺は目立競技会でも優勝した位の腕だから俺が作つた鋸が悪い筈はない。」等と暴言をはき、その上暴力をも加えるかのような態度に出るのでその都度係員から警告をうけたが反省の色はみえなかつた。

(二) 原告は昭和三三年九月七日目立の金屑が眼に入つたと称して其の診断のため同年同月一八日から半日作業しては通院加療したと主張しているが、従業員が目立作業中に右のようなことで受診する場合労働災害補償保険法によつて補償することになつているので、原告からその手続があれば被告会社では当然公傷証明を医師に提出しなければならないことになつているのに、原告からは何らの手続もなく無断欠勤した。これを要するに原告がその職責を尊重せず出勤したければ出勤し、いつでも欠勤するといつたやり方で被告の秩序を乱すものといえる。

(三) 昭和三三年一〇月は、被告会社の業態もいわゆる夏枯から需要期に入るので一人でも欠勤すれば工場作業の運営及び会社経営にも多大の支障を来すこととなるので訴外布施を通じて「年次有給休暇は事業の正常な運営を期する面からも予め前以つて申し出てもらわなければ困る」旨注意したに拘らず原告は前以て休暇の申出をなさなかつた。そのため被告会社は経営上非常に損害を蒙つた。

(四) 以上の事実は被告会社の角東製材所就業規則第五二条第二項第四、第六、第一〇、第一三の各号に該当する。

(懲戒解雇の手続)

(一) 被告会社は昭和三三年一〇月九日原告の懲戒につき会社側と労働組合組合長、副組合長、書記長とをもつて組織する懲戒審査委員会の議にかけ、そこにおいては組合長からその理由がのべられ審査の結果前記のような原告の行為は就業規則第五二条第二項第六号に該当するものとして、満場一致で懲戒解雇が相当であるとされた。

(二) そこで被告は前記のとおり昭和三三年一〇月一〇日基準監督署長に対し解雇予告除外認定の申請書を提出し、同年一一月七日就業規則第五〇条第五二条によつて原告を懲戒解雇することとし、同日その旨告知した。

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